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未来を拓く新たなLEDのチカラ

深紫外LEDの進化に期待

水浄化技術発展の新たな契機に

殺菌効果を発揮する深紫外LEDに対する関心が水浄化の分野で高まっている。これまで深紫外光による水殺菌の光源として活用されてきた水銀ランプに比べて、より多くの利点を水浄化システムにもたらすからだ。さらに深紫外LEDを製品化する動きがデバイス・メーカーの間で活発化してきたことで、光による水浄化技術が一段と発展する機運も高まりつつある。そこで深紫外LEDが水浄化にもたらす新たな可能性などについて、この分野の第一人者であるお茶の水女子大学の大瀧雅寛教授に聞いた。

大瀧雅寛 氏

大瀧雅寛

お茶の水女子大学
基幹研究院 自然科学系 教授 博士(工学)

波長が300nm以下の深紫外光が水中の病原微生物の不活性化に効果的なことは、従来からの定説でしたが、この深紫外光を水の消毒に使用する技術が、我が国で特にクローズアップされるようになったのは2000年頃と比較的最近のことです。

キッカケは1993年に米国ウイスコンシン州ミルウォーキーで、クリプトスポリジウムと呼ばれる病原微生物を原因とする感染症(重篤な下痢症)が発生したことでした。水道を介在して感染症が広がり約40万人が発症しました。クリプトスポリジウムによる感染症の集団感染は、その後も英国やカナダなど世界各地で発生しており、日本でも埼玉県の越生町で約9000人が水道経由で感染するという事件が1996年に発生しています。

米国で発生した大規模な集団感染をキッカケにこの感染症の対策技術として、クリプトスポリジウムを不活性化させる技術開発が一気に加速しました。クリプトスポリジウムは、比較的大きいので沈殿やろ過などの通常の浄水処理で十分除去できるのですが、消毒薬として水道水に混ぜられている塩素では死滅しません。このため塩素の前の浄水処理の過程で何らかの問題が発生し、クリプトスポリウムが水道水に残ってしまうと、塩素が効かないので感染症がまん延する事態を招くことになります。そこで、このクリプトスポリジウムに効果がある技術が必要になったわけです。こうした中、2000年頃に深紫外光がクリプトスポリジウムの不活性化に効果的であることが研究で明らかになってきました(図1)。北米を中心に深紫外光の浄水処理への導入が本格的に始まったのは、この頃です。

図1 深紫外LEDが病原微生物を死滅させる仕組み

クリプトスポジウムには固い殻によって塩素が感染体に到達しない。深紫外光は固い殻を通り抜けて感染体の核酸に到達する。水銀殺菌灯やUV-LEDの深紫外光(UV-C)によってDNAやRNAに核酸損傷を起こす。

水銀ランプからLEDへ
予想以上の早さで実用化

深紫外光を使った水浄化装置の光源にLEDを使う動きが出てきたのは2014年頃だと思います。すでに高輝度の可視光LEDを使った照明装置は様々な場所で使われていましたので、水浄化システムの光源としてLEDを使うというアイデア自体は、以前からありました。ところが、実用的な効率性や寿命の長い深紫外LEDは、なかなか手に入りませんでした。それでも深紫外LEDの実用化は思ったより早かったのを覚えています。私が以前LEDの専門家から聞いたときには、実用レベルになるのに、もう10年かかると言われていましたが、実際に市場に登場したのは、それから2~3年後でした。

研究に深紫外LEDを使い始めたのは2016年頃からです。学生の頃から、水中の病原微生物を光で制御する技術の研究に関わっており、現在は深紫外光の研究として「光の波長による効果の違い」、「微生物種による効果の違い」、「消毒のメカニズム」、「消毒以外の作用」などを主な研究テーマにしています。これらの研究を行ううえで使ってきた実験装置の光源には最近まで水銀ランプしか用いてきませんでした。LEDを光源として使用してみると、実験をするうえで多くの利点に気づきました。

例えば、電源を投入してから安定した光が得られるまでの時間が短いことです。水銀ランプの場合は、安定するまでにかなり時間がかかりました。深紫外光の条件が同じ実験を多数繰り返す場合、この利点はとても重要です。光の条件を同一にできるうえに、実験に要する時間を短縮できるからです(図2)

図2 深紫外LEDを使った水殺菌実験装置

深紫外光投射部が左右に2か所に設けられている

水浄化に革新的な進化
小型化では圧倒的有利

大瀧雅寛 氏

実験だけでなく深紫外LEDは、すでに実用化されている光水浄化システムに様々なインパクトを与えると思っています。例えば、LEDにすることで光源の長寿命化が図れる可能性があります。現状の水銀ランプを使った水浄化システムでは光源の寿命は約1年とされていますが、寿命が来れば光源を交換しなければなりません。長寿命化でこの交換頻度を減らせれば、メンテナンスの負荷や浄化装置の維持コストを抑えることができます。多くの水浄化システムは長期間にわたって稼働させます。このためメンテナンスの手間やコストの削減は、ユーザーにとって大きな利点です。

光源の小型化では水銀ランプよりもLEDの方が圧倒的に有利です。この特徴も、水浄化システムに大きな可能性をもたらします。光源を取り付ける場所の自由度が増すからです。浄化システムの構造に合わせて光源の配置を最適化できます。光浄化システムの場合、水に光が照射されなければ効果は得られません。ところが装置の構造が複雑になると、どうしても光が当たらない“死角”ができます。光源が小型になると、この“死角”ができないように様々な場所に光源を設けることができるわけです。水貯蔵タンク内部の隅々に均一に光を行き渡らせることもできるようになるでしょう。

今のところ、深紫外LEDの寿命は従来の可視光LEDに比べ短く、エネルギー効率の点において、まだ水銀ランプの方が勝っています。ただし、かつて照明用LEDの実用化が予想以上に早かったように、今後、水銀ランプを上回る特性を備えた深紫外LEDが市場に出てくるのは、今思っている以上に早いのではないでしょうか。LEDメーカーの皆さんには、こうした期待に応えていただきたいと思っています。

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